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思うところ
随時書き加え(2023~)
 
愛猫ちゃちゃのページ
(2023制作)
 
思うところ

2023.9.15~
 当初構成作成2023.9.15  編集校正は随時2025.1.21
  2023.9.15
 制作きっかけ
●ちゃちゃが亡くなって4ケ月。「私のミスで殺してしまった」という自責のパニックは少しおさまったものの、「いない」ことの喪失感はなかなかなくならず、つらいものです。
●今日は、「阪神18年ぶり優勝。一夜明けて」報道が一杯。阪神ファンとしては一段落。
●ちゃちゃのホームページ(https://mocyacya.com)を知人に周知発信。自分のホームページも作るとメッセージ。
   ■2025年(令和7年)2月・読書中
●「なぜ悪人が上に立つのか」(ブライアン・クラース)
●「民主主義の死に方」(スディーブン・レビツキー/ダニエル・ジブラット)
結構、面白い。
 
 表 題  いろいろ思うところ  備 考
 ■生立ち・振り返り
○ 幼年時代は「自由に生きたい」、小学生時代は「アーティストいいなあ」、中学時代は「サラリーマンは無理だ」、高校で「アーティストにする」などと思い、芸術大学(愛知県立芸大彫刻科)に入学しました。
○ が、時代はベトナム反戦・学園紛争時代、わが家の歴史(父と叔父3名が従軍、叔父2名戦死。手紙や日記・写真が満載)から見て、「逃げれなかった」。(人は危機に直面すると、「闘争か、逃走か」だそうで、闘争を選んだようです)
「子どもに先立たれる親」「国家に奪われた命・翻弄される運命」、「(家と子を守れと)課題」を背負わされた母、そんなことをみて育ちました。
それなりに成長、出来が悪いなりに進学。小学生時代から「美術」は好き。映画「炎の人ゴッホ」の影響も。
○他の方の家には、天皇の写真が掲げてあるのに、わが家にはなかった。当時、何か違和感を感じたような気がします。仏壇に「新しい憲法の話」がありました。

●親族からの物心面の支援は大きかった。地域共同体・隣近所の助け合いも濃厚。怒られることを含め優しい親身な人々の記憶。従順因子が少ないので、運命からの逃亡・反逆・アウトローへ接近、人生手探り。
●マンガが好きだった。本のお土産も多かった。エジソン、野口英世、石川啄木、豊臣秀吉等の記憶。
●マンガ:杉浦茂「猿飛佐助」、竹内つなよし「赤胴鈴の介」、ダルマくん、イガグリくん・・・・「力道山物語」
●映画「ゴジラ」「海底二万マイル」「砂漠は生きている」の記憶も。
■1973年、社会党愛知書記局に就職し、1990年まで務めました。青年部、機関紙部、組織局、労働部などを担当。「反戦平和」「人権・差別」「平等・自由」を希求、「民主主義・社会主義・労働者論・革命論」等を勉強しました。
■6反ほどの田んぼと内職で大西の家と生活を支えた母が早くに亡くなり(1979年57歳)、故郷に戻る機会を逃し、名古屋で半世紀以上を暮らすことになりました。2023年ペットちゃちゃ(21歳)の死を機会に、自分も「死」を意識。始末をつける時が来たと思い、記録を整理することにしました。
●近年、かけがえのない友人の訃報を聞く度、焦り、促されているような気持ちになり、なんとなく一つの時代の物差になるかも知れないとの思いもあり、やってみるかと勇気を出してみました。
■ 戦争について












●我が家の歴史から見て、どうしても「戦争」に賛同できない。
・父と叔父2人が従軍、叔父2人が(22歳、24歳)戦死。遺骨はない。南海の海の中だ。
・親父は生き延びたが、34歳事故死、自転車にぶつかった。頭を打った。治療診察水準がまだ未熟だということもあれば、医療技術は知らない未熟もあったかも。
・子どもに先立たれた親(祖父母)の姿。孫に戦死した子どもの名前を命名する気持ち。孫の負荷。
・仏壇に、戦場写真、従軍日記や家族間の手紙と一緒に「新しい憲法のはなし」(1947)があった。
〇戦争は国家が起こし。遂行する。命令する
・「死」や「犠牲」は、命令者には起きない。むしろ勝てば、表彰・勲章・昇進。「死」や「犠牲」を被るのは、兵卒・下士官・民衆等・・・(命令を実践する者達)。
・敗けた時は、やむなく「罰」を受けるが。とはいえ、「異動・降格」程度。この構造は、頻発する大きな組織や企業の犯罪でも同じこと。小さな組織は命令者が被るようだが。

〇戦争に入ると、選択肢はない。殺すか、殺されるか。「闘争か、逃走か」。極限に近づけば近づくほど、選択肢はない。出来れば、それまでに対策し、自由な思考と判断が可能な時期に回避策を得たい。
・人類史を見ると、回避できた事例はない。時間とともにエスカレートして次の大きな衝突になる。人間の性は、暴力的打撃・壊滅を受けるまで、自己主張・利権拡大を止めることはない。私は、人間観において悲観的。
・だからと言って、戦争賛同には組みしたくない。どこでどういう行動を起こすか、起こせるか、早い方が良いのだが。「タイミングは?」自問自答が続く。

〇今、私がウクライナ人だとしたら、どういう行動を選ぶだろうか。
・武器を取って戦う、戦場に向かうか。民間ゲリラや兵站で戦うか。情報等宣伝戦か、文化での戦い方はあるだろうか。

・逃げるか、隠れるか、国外逃亡か・・・。
・先が長くないから、役に立たないだろうが。さて、どうするだろうか・・・。
 
「国家なるものの犯罪性」「戦争という極限状態」「人間の性(サガ)」が気になる。
●戦争になると、選択肢はない。死を受け入れるしかない。そうならないようにしたい。

・松本清張、半藤一利さんの昭和史を読むと本当に読んでおいて良かったと思う。一般の歴史書も読んではいたが。
・司馬さんの明治ものと一体的に見るとなんかうれしい。構造がわかった気になる。司馬さんは「街道を行く」「風塵抄」がいい。
・学生時代、ミケランジェロに傾倒したが、市民戦争の中で彼はメディチ家と市民の間で揺れた。
 ■いのちについて ○我が家の事情からか、小さい頃から、「人はいつ死ぬかわからない。明日かも知れない」との思いは強かった。学生運動への参画も、この思いによるようである。
・今となって、年金も貯金もなく、「これはまずかったのかな」と思わざるを得ない。ただ一方で、親族は叔父達の戦死があり、大西家の遺産は一人占め、それで補うことが出来た。差し引きゼロということか。
 
 ■原爆について  ●社会党時代に2度、原水禁運動の関係で、愛知県団の引率として広島・長崎に行った。学生時代にも広島でデモ行進や集会に参加した。
・原爆の残虐性、残酷性、絶滅という悪は凄まじい。
・が、被害者としてのアピールは、当時も気になったし今も気になる。
・日本は第二次大戦戦争の責任者・加害者でもある。
・ドイツと比べて戦争の反省、省察はぬるい。
 
 ■沖縄について  ●学生時代にSさんという沖縄出身の方に会った。奈良の大学生だったので知り合った。ビザで日本に来るという。これが「沖縄」との出会いだった。そして、72年沖縄返還に向き合うことになる。沖縄に行ったことはない。
・夏になると、戦争と並んで沖縄テーマのマスコミ報道がある。いたたまれない。
・切り捨てというのか、自己保身、分断・差別。
・国家権力や国際政治に押さえつけられ犠牲にされる構図。どうしたものか。
 
 ■報道について  ●コロナ禍で、自宅でテレビを見ることが増えたせいで、報道が気になる。
・アナウンサーや解説者がよく使う「わたしたち」とは、誰のことか。すごく気になる。
この曖昧な、しかし聖域化され神格化された「わたしたち」がどうもわからない。「私たち日本」「私たち国民」、「私たち」は消費者を意味することが多い、「生産者」になることはほぼない・・・。
・いつの間にか、「私」は「わたしたち」に同化されてしまう。「わたしたち」のイデオロギーの中に包み込まれる。
・メディアの恐ろしさは、報道の中身より、こうした「マスへの同化」を作り出す構造にあると思う。